おはようございます、フラミンゴの庭 MAYAです。
私は洋服の制服化を取り入れて7-8年程経ちますが、最近変化があったこと。
洋服の寿命の尺度を自分で決めよう。
これです。
ミニマリストは少ない服を着倒すから、短期間(大体1年とかの期間)で洋服がダメになるので、毎年買い換えるのがスタンダード。
そんな他人が設定した尺度に乗っかって、そうだそうだと私もシャツを毎年入れ替えをしていたのですが、最近違和感を覚えるように(他の洋服はもっと長く着ているものが多い。モンベルの靴下なんて丈夫すぎて2年目だけどまだまだ履ける)
というかこれ、まだ着られる。
この考えに至るのに少なからず影響を与えた本はこちら。
本文内の記事リンクは最後にまとめて貼ってあります。
毎年買い替え必要?
確かに、着るに耐えない(相手に失礼に当たる)レベルのコンディションはまずいと思いますが、春夏秋とシャツを3シーズン着倒す私のシャツでさえ、1年で見るに耐えない姿になるかというと、そうでもない。
袖口や襟元がボロボロとか、そういったことはない(私は春夏秋を3枚のシャツで回しています)
しいて言えば、色褪せがあり新品と比べると見劣りするけど、単体で着ていたら別に普通(私が主に着用しているのはネイビーです)そんなレベルです(ちなみにユニクロ)
これまでは春になると、1年経ったから今シーズンのシャツを買わなければならない。
そんな気持ちでいたのですが、果たしてそれって本当に買わないといけない?
自分が我慢できなくなるまで着てみる
今後は、1年で交換していたシャツを、自分が「ちょっとこのシャツ着るのもう嫌だな」というところまで試してみる。
これまでもそうしていたつもりなのですが、どこか「少ない洋服で回す人は1年で入れ替えるべき」みたいな他の人の尺度を自分の中に持ち込んでいた。
そんなことに気づいた最近。
毎年買い替えていた理由もある
とはいえ、1年経った春先に今年のシャツを買い替えていたのにも理由はある。
春先でないと、春夏秋と着られる程よい暑さの長袖シャツが売っていない。
私は1年を通して長袖シャツを着るのですが、3シーズン着られるシャツが一番種類もサイズも豊富に揃っているのが春。
夏になれば長袖の取り扱いは減り(あったとしてもサイズや色に欠けが発生)秋になれば秋冬の生地のものになってしまう。
そんな理由もあって春が来ると、さぁ今年のシャツを入手しておかなくては、という気持ちになっていたのですが、果たしてこのタイミングを逃しても大丈夫なのか。
今年は春先にシャツやパンツを新調したので、来春、どうするか考えてみたいと思います。
まずは「春に買わないといけない」という固定概念を外してみる。
いい大人なんだし、お財布はきちんとしたものでないと恥ずかしい、なんていう他人の尺度を振り切って通帳ケースをお財布にして7ヶ月経ちますが、何ら不便も違和感も感じなかったのも大きいかも。
本日もお読みいただき有難うございました。
正直キャッシュレスの今、手帳型スマホケースでお財布がわりになってしまう時代ですしね。
お金持ちに見えない人が億の資産を持っていたりする。そういう人達は華美な生活をせずに周りのいう当たり前を疑い、自分の定規で生活を送っている。
↓洋服の制服化関係。モンベルの靴下は本当に優秀。すぐ穴が空いて困る人は是非お試しを。