フラミンゴの庭 MAYAです。
私は友達が少ないです。片手で余ります。コロナで会えないからZoomで話そうよ、みたいなことを言う友達もなく、遠方の友人とは会っていません。1年に数度メールで連絡取るくらい(片道もしくは1往復で終わり)オープンマインドとは程遠い私。
でも、なんら問題なく幸せです。
知人と友人の曖昧な境界線
友達と知り合い、どこがラインなのでしょう。
昔、職場の男性に1回会った人は友達という人がいました。「いやいや、それって会ったことのある人レベルで、100歩譲って知り合いレベルじゃない?」といった感じなのですが、その方はそういう考え。
この方はかなり飛躍していますが、基準は人それぞれ。
- 1回でも友達
- あるレベルまで付き合いが深まらないと友達とは呼ばない人
私が一方的に友達と思っていても、相手は知り合いと思っている可能性がある。
そう思うと気軽に「友達」なんて口に出せない。
臆病なんですね。
そんな私が知り合い・同僚(仲間)から友達に切り替わる条件は多分こんな感じ。
- 職場(学校)の関係が無くなっても、連絡を取り合う
- 職場(学校)という共通言語がなくても話が成立する
- 連絡を取り合うことが苦ではない
- たまに会いたいなと思う(頻度は必要ない)
職場、学校などの共通言語があるときは仲良かった人も、その共通言語が無くなると会話を続けるのが辛くなることが多い(話すことがない)
こうなるとお互い、なんとなく会わなくなる。そういう方は友達ではなく同僚。
あと、会う頻度は私は関係ありません。友達と思える人とは、3年ぶりにあってもさっきまで喋っていたように普通に話せる。で、また次に会うのが3年後でも問題ない。
友達って沢山必要?
信頼できる友達が沢山いる人、いいなぁと思います。羨ましいなと思うことも(ここでいう沢山とは10人以上をイメージ)
ただ、今の私が少ない友達で困ることがあるかというと、特にない。今の言葉で言うと「ソロ活」これを地で行っているので、誰かが一緒でないと出来ない、と言うことがほとんどない。
ラーメン、焼肉、海外旅行。一人で問題なし。
みんなでワイワイが苦手なので一人の方が気楽。一人で寂しそう、と周りに思われそうで嫌だ。という人もいると思うのですが、正直他人はそこまで気にしていません。
教師の言ったセリフの誤り
高校時代、教師が「高校の時の友達は一生の友達になる」みたいなことを言っていた。ふーん、そうなんだ。その時はそう思いましたが大人になった今、
高校時代に知り合った友達、一人もいません。
あくまで、その教師は高校時代に知り合った友達が今も友達だったのかもしれませんが、私は違った。学校という共通言語が無くなったら話が合わなくなって、会うのがしんどくなって(お互いに)自然消滅。
こういう大人の言葉の影響を受けて「高校で一生付き合えそうな友達がいない、どうしよう」なんて若者が悩んだりしているのならば、
その先生がたまたまそうだっただけ。
こう言ってあげたい。心配しなくて大丈夫。人の尺度で他人の人生は測れない。
40代、独身、友達激少。
文字で表すとこんな感じの私ですが、結構毎日楽しくやってます。
本日もお読みいただき有難うございました。友達は出来たり自然消滅したりして新陳代謝するもの。縁があればまた繋がるでしょう。
↓一人でアンテロープキャニオンツアーにも参加してます
↓環境変えたくて誰も行かない高校を選択