あらすじ:徹底的に自分と向き合ってる話
フラミンゴの庭 MAYAです。
自分と向き合うシリーズ、別エピソードが出てきたので⑥として記すことにする(これまでのエピソードはこちら)
内容としてはいわゆる損得勘定、「お得」「損する」という基準と距離を取り徹底的に自分はどうしたいか、で選択する話である。
記事内のリンクは最後にまとめて貼ってあります。
自分の感情を選択する
思えば自分と本気で向き合おうと決める少し前からやり始めていたのが「自分はどうしたいか」を優先することだった。世の中、損得で評価されることがものすごく多くて知らないうちに私達もその呪縛にからめとられている。
たとえばランチタイム、こんな経験ないだろうか。
今日はオムライスの気分!(感情はオムライス)と思ってランチに行くと、本日の1000円のランチメニュー2種はチキンソテーか豚の生姜焼き(ミニサラダ、ライス、ドリンクつき)
オムライスも単品で頼むことはできるけど、値段は1100円でサラダやドリンクはつかない。

こういう時にマッハで損得勘定が発動。
「オムライスが食べたい」というのが心の本音(感情)なのだけれど、「セットのサラダは大したやつじゃないし、ドリンクも別に欲しい訳じゃないけど、色々ついてお得だし100円得するからチキンソテーランチにしよう」という損得勘定でオムライスを諦める(どうしても1000円しか出せない、とかはまた別の話)
こういうやつである。
口も胃袋もオムライス待ちなのに身体に入ってきたのはチキンソテー。全力でオムライスを待っていた細胞はがっかりである。
「これもおいしいけど…でも、これじゃないんだよな」が身体や心(感情)の本音。
「でも100円得したじゃん」がエゴの思考。

あと、こういうやつもあるね。
お財布を買いに行きました。お目当ての1万円のピンクのお財布を手に取ろうと思ったら、色違いの赤いやつが10%OFFの9000円になっていた。
色も含めてこのお財布にしようと思っていたので、本心は「ピンクのお財布を買いたい」

だけど「ほら、使い勝手は変わらないし、色だって同じような系統(ざっくり赤系)じゃない?黒な訳じゃないし。だったら10%OFFの赤にしたら1000円お得じゃん」がエゴの思考。
赤系統なら別にいい、というこだわりなら別にいいんだけど、ピンクが良かったけど1000円損したくないから赤にした、だと自分の本心を損得に明け渡していることになる。
人は損することを極端に痛みに感じるようにできている為、ものすごく割引とか値段に感情がひっぱられてしまう。
あと、別に欲しかったものじゃないけどセールで半額になってるから買わなきゃ損、ってのもあるね。
損得重視にすると心の満足度が下がる
お得に買い物するのが無情の喜び!という人もいると思うのであくまで私の感覚での話だが、損得を重要視して妥協して買ったものは(本当は違うのが欲しかった)使っている時の幸福度・満足度が低くなる。半額だったからと買ったものは、それ相応の扱いをする(別に欲しかったものではないし)
もちろん金銭的な事情とか色んな理由で本当に欲しいものを選択できない場合はあるけど、選べるものなのに損得に振り回されて本心からずれるのは、結果的に心の損を無視してしまっていることになるなと気づいたのである。
やっぱりピンクがいい!と1万円で買ったお財布は毎日使うたびに心がはずむ。ハッピー倍増。

1000円損したくないと買った9000円で買った赤いお財布は、やっぱ赤はちがうんだよな…と毎日使うたびに頭をよぎる。アンハッピー。(そして結局そうそうに他のお財布に買い替える、というオチもある)
身口意(しんくい)
身口意という言葉を聞いた事がある人もいると思うが
- 身(実際の行動)
- 口(発する言葉)
- 意(心で思ってること)
これらを一致させることがとても重要だと、色んな所で色んな表現で言われている。
並木良和さんがセミナーで表現していた例の一つだと、目の前に赤ちゃんが居てみんながかわいいね~って言っているが自分は可愛いと思えなかったら。
かわいいね~ではなく「小さい手だね~」みたいに言う。小さい手だなーっていうのは実際に思っていることだから。そこで思ってもいない「かわいいね」とは口にしない。こういう小さいことの一つ一つが大切らしい。

私としては、この身口意を邪魔してくる一つが損得勘定だと思っている。あまりに自然に生活に入り込みすぎてるからステルスで気づきにくいんだけど、意(心が思ってること)がオムライスなのに、身(行動)がチキンソテーというのはズレてしまっている。
もちろん常に自分の食べたいもの、欲しいものを選択できる状態とは限らないけど、その時選択できる中で最善のものを選択する。
私は、どうしたいのか。
人に合わせることに慣れすぎてると、そもそもの「私はどうしたいのか」すら気づけていないこともある。
本心からこだわりがなくてどうでもいいのか、それとも「なんでもいいよ」と自分が合わせることで家の中がうまくまわるという幼少期の経験から、自分の本当の「こうしたい」の感情を地中深く埋めすぎて気づいていないのか。
ハーゲンダッツが食べたいのにパルムを手にとろうとしてるあなた。
スタバのフラペチーノが飲みたいのにファミマのフラペチーノでごまかそうとしてるあなた。
どうぞご自愛くださいませ。
▼自分と向き合うシリーズ、これまでの話






