あらすじ:現在進行形で自分と絶賛向き合い中の私が、どうやってここまで至ったかの話。①で頭バチコンと叩かれるひと月前の話。
フラミンゴの庭 MAYAです。
①思考をとめろ!ちゃんと向き合え!と強烈なケツ叩きがやってくる約1カ月前の2025年5月。ある日突然、並木良和(なみきよしかず)さんが私の視界に入ってきた。その界隈では十二分に有名な方だったのだが私は全く知らない。
当時は引き寄せの法則やお金を稼ぐ事に強く興味を持っていたので、その流れで作家・本田健さんの本を読んだり(「ユダヤ人大富豪の教え」など)Youtubeを拝見していたのだが、ある日本田健さんのYoutubeで対談動画が流れてきた。
私はいわゆるスピリチュアルというものに嫌気がさしており(前世だの先祖だのソウルメイトだの)それ系に見えた並木さんに一瞬引いた。いやいや、でもあの本田健さんが仲良くしてる人だしちょっと見てみるか…と動画を見ていたら並木さんの不思議な安心感、しゃべり方のトーン、言葉選びに惹きこまれ、見終わった後に並木さんをググっていた。
その後、図書館で並木さんの本を適当にばーっと借りて来て読んだのだが「なにそれ?そんなことになってんの?知らんかった!まじかー!」のオンパレードである(読んだ本の紹介は一番下に貼っておく)
私が思ってるスピリチュアルってもっとふわふわ~っとしててお花畑のイメージだったけど、違うんじゃないか?もっと地に足ついた現実的なものなのか?という感覚になった(いまでは量子力学でも説明されてるのでスピリチュアルはもはや夢物語ではない)
そして動画や書籍だけでは物足りなくなり、実際にリアルで講演を聞いてみたい!とセミナーなどに足を運ぶことになるのである。
▼多分最初に見たのこの動画だと思う
▼目醒めのゲートがしまる、について(2021.3の動画)
ふわふわスピリチュアルに逃げる
私がそうだったのか!と気づいたことをざっくり「宇宙のしくみ」と表現すると、宇宙のしくみをの話をしている人は世の中にごまんといる。その中で私は並木さんがしっくりきたので主に並木さんから主に情報収集していた(海外のバシャールやエイブラハムなども有名である)
この動画を最近見つけた時はびっくりした。こんな昔からジョンレノンとオノヨーコは分かっていたのかと。
なんだこれすごい!という情熱のまま動画を見たりセミナーに行ってみたりしたのだが、ここで私の悪い癖が出る。
なんとなく上辺でわかったモードに入ってしまったのだ。今思うと全然わかってないんだけど、それを知るまでの自分と比較すると大きく価値観が変わってしまったのでゲージのふり幅がすごく、そういうモードになってしまったのだと思う。
そしてこの状態の時に①で書いたケツ叩きがきたので、現実に本気で向き合わずにスピリチュアルに逃げたのである。
えぇ、こっから半年ほどふわふわスピリチュアルに逃避するのだ。一番自分が嫌だと思っていたふわスピに。

ふわスピって何?っていう人がいると思うので私の解釈となるが、ふわふわして地に足がついてないというか、スピリチュアルに酔ってるとか、お花畑的というか、そういう感じである(世の中のスピ嫌いの人が持っている印象と思われる)
並木さんの言っていることは決してふわふわしていないのだが、なにせ視野が今までの尺度と全く変わるので「なんか私、すごいもの知っちゃったかも」みたいな特別意識が出てしまう(これは本当にあるあるだと思う)
自分や家族と本気で向き合うのが嫌だった私は、並木さんのセミナーに通って習ったワークをやったり、統合(という手法がある)をやる事で
「自分にちゃんと向き合あってる」と自分を思い込ませていたのである。
自分と向き合ってない?いやいや、ワークやってるし。手放しやってるし。セミナーにも参加して勉強してるし!みたいな。
家族トラブルを抱えているがそれに真正面から向き合おうとはせず「世界がもっとよくなるように」「皆が幸せになるように」「そのお手伝いをするのが私のお役目!」みたいに言ってる的な。
いやいや、まずは自分の足元ちゃんと固めろよ。世界はそれからだろ、と今の私なら自分につっこむところである。
なんか方向性間違ってないか?
ふわスピで現実逃避しているうちに、どうにもぬぐえない違和感が自分の中に出てきた。
何か私は大きくボタンを掛け違えている気がする。
学んだ事は無駄になっている訳ではなく、今あらためて「なるほどーそういうことか!うわー自分に都合よく解釈してたわー」って事も沢山あるし、考え方や見方を結構変えることができて、現実も少しずつ良くなってはいたのだが、なんだろうこの感じ…
そんな折、実際にセミナーで会った人と会話する機会があった。その方は私のようなひよっこではなくもう何年も前から並木さんのメソッドをやっている方だったのだが、一番根本で向き合わなければならないっぽい事柄(のように私には見えた)は脇に置いてせっせとワークに励んでいるように見えたのである。
それを見つけてザワっとする私の心。
これまでであればマッハで蓋をしていた所だが、多少なり学んできていたので指の間からそーっと薄目でがんばって直視してみたら、まさにそれは私の状態そのものだったのである。現実から目を背けてスピに逃げてる。
うーわ、私じゃーん!
もうね、激痛よ激痛。
ブーメランが戻ってきてぶっささった感じ。

もちろんこういう状態の私が良い悪いでいう「悪い」ではない。宇宙はオールOKで完全に自由意志なのでどんな道を進もうがいいのだが「結局のところ私自身はそれでいいのか?」っていう話である。
いや…なんかそれは嫌かも。
そしてここから、第三者の手を借りながら本格的に自分と深く向き合う作業に入っていくのである。
ちなみに2025年の私の流れはこんなで、ついでに仕事もやめている。なかなかファンキーな1年だ。
- 2025/5 並木さんの存在を知る
- 2025/6 思考を止めろとケツ叩き
- ~しばしふわスピに現実逃避(約半年)
- 2026/1 ボタンの掛け違いに気づき愕然とする
③につづく。
◀1つ前|①突然バッサリやられた日

▼目覚めを知った頃に読んだ並木さんの著書の一部(著書は本当に沢山あるのでよかったら図書館で借りてみてくれ)
あの世がしかけるこの世ゲーム
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目醒めへのファイナルメッセージ-アフターゲートを生きぬく智慧
新しい地球で楽しく生きるための目醒めのレッスン29
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