あらすじ:徹底的に自分と向き合ってる話
フラミンゴの庭 MAYAです。
自分と向き合うシリーズ、本日⑤は実際のエピソードを交えながら最終回としたい(今現在で起きてることがここまでなので)これまでの話はこちら▼
記事内のリンクは最後にまとめて貼ってあります。
ひたすら空気を読み続ける幼少期
私が親に持っていた「怒り」の気持ち、さらにその奥にある「悲しみ」の要因は主に幼少期にある。
私は典型的ないい子タイプ。察するアンテナ感度も高めなこともあり、記憶にない頃から常に家庭内の状況にアンテナをたてまくって情報察知し、ボヤが火事にならないように常に火消しをしていた。
別に誰からも頼まれていないのに。
この言葉、書いていて自分もグサーっと痛いのだが、実際頼まれていない。でも自活できる年齢でない子供としては家庭がうまく回らないことは安全地帯がなくなる事であり、親から認められないことは死に値する位の恐怖だったのだろうと思う。その為自分にできることを必死にやっていた。
いつしかその仮面が本当の自分の素顔だと思い込み、仮面をかぶってることすら忘れてしまったのである。

ちなみに幼少期の私を親を含めた大人から言われた言葉で表すと「手がかからない」「しっかりしてる」「ちゃんとしてる」「放っておいても安心」まぁこんなとこだろうか。
でも本当は、子供らしいわがままを言いたかったし、手をかけてほしかったし、ちゃんと見て欲しかった。悲しかった。
私には兄がいるのだが私とは真逆で自分の気持ちが最優先なタイプ。よって「手のかかる子」「心配をかける子」「親に迷惑をかける子」というジャンルになるのだが、よくも悪くも母親は兄に常に意識を向けていた(あと母親はどうしても男の子供がかわいい部分もあるのだろう)
好き勝手やってる兄が母親から意識向けてもらえて、家族の為に必死にとりつくろってる自分は意識を向けてもらえない。
なんだそれ。ふざけんな。
母と向き合う
加えて「女の子だから」まで加わりはじめた中学位の時、さすがに頭にきて母親に「兄だけ可愛がっていればいいじゃん」と言ったことがあった。私としては清水の舞台から飛び降りるくらい勇気のいった発言だった。
なんて言われたか忘れたが、母がショックな顔をしていたことだけは覚えている。

それを見て私は「家族の為に一生懸命な母親にこんな顔させてしまうなんて、なんて私はダメな娘なんだ」と罪悪感の海にダイブしてしまったのだ。
そして海底深く潜り、次に海面に出てきたのは49歳である。
Aさんのセッションでのサポートを受け、海底に置いてきた「怒り」を徐々に海面にあげてきたのだが、まーモヤモヤしまくりだった。なんか分からないけど母親にイラつくし、今までみたいに受け流せない。
今までと違う私の態度に母もどうしていいか分からないようで、妙に機嫌をとって腫物のように扱うようになってきた。そしてそれもまたイラつく。
そしてある日、兄も関係する場で私のモヤモヤ、子供の頃からの怒りが爆発する。

兄は自由にやっても「まぁしょうがないわね」と個性で受け入れられるのに、私が自由にやろうとする「そうじゃなくてこうやって」と母から指導が入るのだ。しかもそこには「兄はこういうの得意じゃないからあなたが完璧に覚えてマスターして」「あなたの今後を思ってよかれと思って言っている」という気持ちも込められている。
は?なんだよそれ。なんで兄が不得意なものは私が全部しょわなきゃいけないんだよ!
いままでだったら思っても必死に飲み込んできたけど、もう無理だった。限界だった。
こみあがってきたもので喉が苦しくて苦しくて(ドラゴンボールでピッコロが卵産む時みたいな感じ、世代の人しかわからんが)「自由にさせてよ!」と声に出していた。
まさに魂の叫びである。
その後もしばらく母からの腫物扱いが続いたある日、母に思っている事を伝える決意をする。
プレゼンのように何を伝えるかなんて整理できてない。だけど今伝えないとだめだと思い、とにかく血反吐はく思いで海底から感情を引っ張り出して淡々と母親に伝えた。意識を向けてもらえなくて寂しかったこと、ずっと苦しかったことなど。
「てっきりそれ(いい子)があなたの資質だと思っていた」「過去は変えられないけど、じゃぁお母さんはどうしたらいい?」そんな事を言われた。
私は今回、母親にどうにかしてほしくて伝えた訳ではない。あくまでちゃんと私の気持ちを表明したかったのだ。本心を。
そして母に伝えたのは、
母親の理想像の娘を演じるのはやめる
いままでのように過剰に空気を読んで先読みするのもやめるから、私に言いたいこと・やって欲しい事があるならきちんと言って欲しい(今までは母親から察して欲しい空気感を出され、それを私が察知して行動に移していた)
ということであった。
母は分かったと言い、気づいたら私の中のモヤモヤは消えていた。そして言語化できないけど母との関係性の空気感が変わり今にいたる。
父と向き合う
母のような1発ドーン!ではないのだが、いままで臭いものには蓋をする精神で避けてきた父にも向かい合っている。一番私が勇気がいったエピソードを紹介する。
父とは必要最低限の事しかしゃべらないので、私がどういう考えや気持ちのもとでその行動を起こしているのか、父は知る由もない(私も伝える気もさらさらない)
こんな状態で私が失業中で家にいた為、父親としては何をやってるのか・思ってるのか分からない不安や心配が入り混じり、爆発する事が多々あった。父もこじらせてるので素直に私に聞くことができず、暴発という形で私にぶつけられていた。
父の暴発は子供の頃からで、私にとっては恐怖体験なので呼吸がとまってしまう。
恐怖なので父にきちんと向き合えない▶よくわからない父がまた暴発、という無限ループでここまで来た。
暴発が続いたある日、また暴発が起きるであろう出来事があった。

今までであれば、暴発するだろうけど関わりたくないからその出来事について私から言及することはなかったのだが、④オラクルカードでもケツ叩きされていたこともあり、父と向き合うことにした。
向き合う直前は心臓バクバクして、漫画で言えば主人公が決意して手をぐっと握りしめている、まさにあのカットのような状態である。
そして勇気を出して父と膝をつき合わせ、私が今取り組んでいること、やろうとしている事を伝え、その上で父にこう頼んだ。
言ってる事が理解できなくていいから、とりあえず私の事を放っておいて欲しい。
父は激昂することなく静かに話を聞き、最後に「分かった」と言った。
きちんと話してくれたことで安心した父の気持ちが伝わってきた。こちらも母と同じく、言語化できないが何かが変わった気がした。
「私は」で考える
この記事を父母目線で読まれている方もいるかもしれない。ただ、自分と向き合う為にどうにもこうにも大事なのは「私はどう思ったか。私はどう感じたか」である。
私がこれらの本音を引き出しきれないブロックになっていたものに、当たり前に世間から発信され、当たり前に自分でも受け入れているこれらの声がある。
- これまで育ててもらったし
- いい思い出だってあるし
- 学費とかも払ってもらったし
- 父母なりに一生懸命やってたし
- 父母だって完璧じゃないんだから仕方ない
- 父母の年代のほうがもっと苦しかったはず
もちろんこれらも事実なのだが、これと「私は…」をくっつけて考えると「私は…」の声が小さくなって海底から出てこれなくなる。
なので自分と向き合う時は、それはそれ、これはこれ、と線を引き、徹底的に「私は」という視点で向き合うと答えに辿りつきやすい気がする。
なんて偉そうに書いているが私もまだまだ向き合い中なので、自分に向けての言葉でもある。

そして数日前インスタで流れてきたこちらの「くめはな」さん。私がブログでつらつらテキストで書いた事をイラストですっごく分かりやすく書かれている!(もちろんくめはなさんのご経験を、である)
そうそう!って首もぎれるかと思った。noteもやられているので(もともアメブロでやられてたみたい)過去さかのぼり中ですが、すっごく分かりやすいのでオススメ!是非!そしてイラストかわゆい。

ということで自分と向き合うシリーズ、一旦これにておわり。
◀1つ前|④感情を身体で感じるのだ

▼これまでの話




